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演劇の歴史-戦後2大ブームのあたり

さて、以前の続きです。
明治維新以降の日本の演劇史についてざっくりとまとめてみます。
戦争により地下化、あるいは慰安になっていた演劇ですが、終戦を経て、活発になります。
しばらくはもとの新劇を取り戻す活動だったのではないかと思います。
1920年代からプロレタリア運動との結びつきを強くし、1941年代には日本移動演劇連盟の結成、いわゆる戦志高揚、慰問芝居です。終戦で一区切りつくまで、演劇は、政治的主義・主張と身近なところにありました。
次に大きく演劇が動くのが、1970年代、「アングラ」ブームです。

衝動と反体制-「アングラ」ブーム

「もはや戦後ではない」が流行語になったのは1950年代後半で、1970年代になれば高度経済成長も終盤。戦後復興を経て、日本が急速に豊かになっていった時代です。
明治維新以降、日本演劇を支配していた新劇にようやく反論が生まれます。
「新劇は論理で説明できる感情を大切にしすぎている。人間は、もっと、衝動的なものではないのだろうか?」
アングラ演劇を代表する人物といえば、唐十郎や寺山修司、黒テントなどでしょうか。衝動を重視したほか、海外から新劇を輸入したことで追いやられていた土俗的なものを舞台に取り込みました。根底には反政府、反社会的な要素も濃く、また実験的な舞台も多くあり、当時のことがいまでも伝説として語り継がれています。

一世を風靡したアングラ演劇ですが、陰りはすぐに見えてきます。衝動というものはとても舞台で扱いにくかったのです。世俗に広まるにつれ、衝撃的であることが第一になり、役の衝動と役者の衝動を取り違えて、謝った理解が広まっていきました。

それに待ったをかけて、新しいスタイルで流行を作ったのが「小劇場」ブームでした。

感覚と笑い-「小劇場」ブーム

小劇場ブームを代表する人物といえば、野田秀樹、鴻上尚二、つかこうへい、三谷幸喜といったところでしょうか。
アングラブームに対して「衝動はちょっとやりすぎじゃない? でも感情だけじゃなくて、うまく説明できない感覚っていうのも重要だよね」くらいのライトな反論をします。アングラの実験的な舞台で観客を脅えさせた反動なのか、笑いに重点を置いた作品も多数みられます。ちなみに時代はバブルの頃です。

調べてみると、その後も「静かな演劇」など小劇場ブームは続くのですが、インターネットの台頭のせいでしょうか? それまでのブームほどの勢いはないように思います。

以下、まとめです。

しかし新劇からは逃れられない

明治維新により海外から輸入された新劇という手法ですが、これまでの日本の演劇とはおおきく異なるものでした。
・リアリズムの演技、演出論
・感情を重視した演技、演出論
・演出家の存在

部分的な反論は何度もされてきました。
人間を支配するのは感情だけではなく、衝動や感覚
にもっと重点を置いてもいいのではないかと生まれたのが「アングラ」演劇や「小劇場ブーム」です。感情を大切にするあまり、台詞を振り回していて、言葉が観客に伝わらなくなっていると批判し、独特の発声法を作り上げたのが「劇団四季」です。
部分的な反論は何度もされてきましたが、演じるうえで役の感情が重要であること、カリカチュアされた、外連味の溢れる芝居ではなく、日常生活の動作の模倣が演技の基礎としてあること。新劇の根本部分が覆されたことがありません。

100年も前に始まった演劇のムーブメントがいまでもスタンダートとして居座っていることにわたしは驚きを隠せないのです。新劇って、すげぇ。今後、演劇が細々とやっていくしかない状況に追い込まれつつあるのはみえていますが、それでも新劇という手法は揺るがないのではないかと思っているわけです。

さて、閑話休題。

長々と日本の演劇の歴史をざっとさらってみたわけですが、いま、これまでの日本の演劇の流れをまったく踏まえないところにあるブームが起こっているのをご存知でしょうか? 次はそこについて記述してみたいと思います。
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