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はじまりがゆっくりとしていていいのか

劇団の新人公演も終わり、ひと落ち着き。お休みの日に、録り貯めていた春の新ドラマを見ることにしました。続けてみていると、あれ? と思うことがありました。
ふーむとうなっていると、彼方が帰ってきました。
「ただいま」
「おかえり」
「どうしたのいつもどおり、こむづかしいこと考えてるような顔をしてるね」
「うん、こむづかしいことを考えてるの」
私は彼方に今日していたことを説明しました。といっても、録り貯めた新ドラマをだらだらと観ていただけですが。
「どれが面白そうだった?」
「それが、よく分からないの」
「どういうこと?」
「起承転結がしっかりしてるんだ」
私は、ドラマを見ながら考えたことを、丁寧に言葉として紡ぎました。

そもそも起承転結とは?

ドラマの基本は起承転結とされています。
気軽に使ってしまうけど、ちゃんと活用しようと検討をはじめるととても奥が深い言葉です。調べてみると、もともとは漢詩の絶句の構成を表す言葉だったそうです。それがいまでは物語の構成を表す言葉になっています。
Wikipediaでまとめられている、脚本家・小国英雄さんの解釈が分かりやすいと思ったので、引用させてもらいます。
起: 主人公の置かれている状態、劇の説明
承: 主人公の置かれている状態にある事件が起こり、これから段々劇が展開して行く過程
転: 一つの劇のヤマ場で結果に赴く為の転化
結: 承、即ち事件とそれによって起こった転化によって出された結果
起はあくまで設定の説明に過ぎず、事件が起こるのは承とされています。
Wikipediaを読み進めると、”批判”の項目がありました。
要約すると
①論文など説明を趣旨とした文章の構成には向かない。
②それぞれの配分が等分だと、起(設定)が間延びして退屈なものとなる。
の2点からなっていて、起承転結が物語の構成として、致命的な欠点を持っているという批判ではありません。
しかし②の批判は的を射ていています。
特にコミュニケーションが高速化した現代において、物語の展開も高速化しました。設定を丁寧に説明していては間延びする、読者が退屈を感じるという考えが主流となっていました。そこでどんな対策が取られてきたのか、具体的な例でもって説明します。よくあるミステリー、館ものだと構成は次のような形になります。

起:主人公たちが館にやってくる。人間関係が説明される。
承:殺人事件が発生する。密室殺人など、犯人が分からない。
転:探偵役が密室のトリックを見破る。
結:トリックが説明され、犯人が判明する。

よくある感じです。本当はもうちょっと複雑なのですが、分かりやすくするとこんな感じでしょうか。しかし物語の高速化した現代では、次のような構成になります。

承(起):物語のはじまりと同時に殺人事件が発生する。捜査しながら人間関係を説明する。
転:探偵役が密室のトリックを見破る。
結:トリックが説明され、犯人が判明する。

起と承が一行に収まりました。現代では、起と承が同時に行ったり、あるいは先に承(事件を発生)をもってきて、読者が退屈と思う間を奪うようにしています。

現代のドラマは高速化したのではなかったのか?

「じゃあ、起承転結がしっかりしてたってことは、退屈を感じた」
「まさにその通り。全部がぜんぶってわけじゃないけど、今期は第1話のうちに、60分じゃなくて、15分拡張とかなのに、設定の説明しかしていないドラマが多かったの」
「なるほどね」
「設定の説明だけでも、台詞のセンスあるなぁとか、人物造形がユニークだなぁとか、分かることはあるけど、でも物語の中心となる事件、立ち向かう課題が明らかになってないから、面白いかどうか、判断できないの」
それから夕食を取りました。レタスを咀嚼しながら、誰も興味をもたないような私の戯言をちゃんと最後まで聞いてくれる彼方は素敵だなと思いまいした。
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