苦しみこそが楽しみだ-「大正箱娘」を読み自らの業を思う
- 2017/04/14 (Fri)
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何故に狂おしく踊る舞姫よ
燃える時代の風 忘れさせるように
そして俺たちは飲み込まれてゆく
どす黒い穴の向こう側へ
「舞姫」(THE BACK HORN)
さて、前回は「紅玉いづき」という作家さんについて紹介しました。
作家・紅玉いづきはライトノベルでデビューした
今回はその著作 「大正箱娘 新人記者と謎解き姫」について、紹介しまたいと思います。
「大正箱娘 新人記者と謎解き姫」(紅玉いづき)
あらすじ:新米新聞記者・英田紺は、ある事件に出くわし、悩んでいるところ、上司の紹介で、神楽坂にある箱屋敷と呼ばれる館を訪ねた。そこで箱娘・回向院うららと出会う。箱娘は、どんな箱を開けることができ、また閉じることも……。秘密や想いの詰まった箱と、女の自由を巡る物語。
ステロタイプからのギャップ
序盤で、新人記者・英田紺と箱娘・回向院うららの出会いのシーンがあります。だけど、うららの容姿のステロタイプなこと! “視線をあげていけば、帯よりも先に長い黒い髪があった。”“娘の肌は白く、まぶたには青い血管が浮いている。唇ばかりが、紅でも引いたように赤い”“現れたのは、真っ黒な瞳だった。大きい、と思った。”などなど。ありとあらゆる色を使って、鮮やかというよりはややグロテスクに、美少女を描き出しているのはさすがと言えますが、けっきょく描き出されたのは、長い黒い髪で、肌が白くて、唇は赤々と、眼の大きい、ステロタイプな美少女でした。俗世間飲まれたか、量産型ファンタジーに逆らえなかったか、と憤りました。ここで本を閉じてもよかったのですが、「ミミズクと夜の王」を、「ガーデン・ロスト」を書いた紅玉いづきさんだ、このまま終わるはずはないと読み進めることにしました。
すると、すぐに期待に応えてくれました。
美少女は「箱娘」でした。箱入り娘ではなくて。ステロタイプな外見をしながら、中身がいっぷう変わっているから、そのギャップがキャラクターの魅力になっている。ステロタイプに描かれていると思ったのも、きっと、作者の手のひらの上だったのでしょう。
そして自らの業を思う
第二話「今際女優」で、刺さる台詞がありました。「今際女優」は、死に際の見事な女優・出水エチカと自殺した劇作家を巡る物語です。私は演劇を作るうえで、役者の苦しみこそが観客を楽しませると考えています。稽古中の苦しみが、舞台のうえでの苦しみが、観客のフラストレーションと交わって、昇華することが理想の演劇だと信じています。役者が演じることを楽しんでる間は、もちろん演じることを楽しんでないといけないと思うんだけど、それだけしかないのなら、きっと、つまらない。大衆の表皮を撫でるだけの凡作になるのだろうと思います。
演劇っていうのは、業ですよ。生きていくのに必要のないもののはずなのに、それがないと生きていけない人もいる。
さて、話題は変わりますが、作中の時代背景として触れられています「平塚らいてう」以来のウーマンリブ運動を知るたびに思うことがあります。不自由を選ぶ自由はないんだろうか。首を傾げたくなることがあります。当事者ではない私が言うのはよくないのかもしれませんが。でも個々の権利を認めるということは、不自由でありたいという権利も認めなくてはいけないのではないでしょうか?
応えは、続刊にあるかもしれません。そう、「大正箱娘 見習い記者と謎解き姫」は、すでに続刊が発行されています。知らなかった、というか「紅玉いづき」さん、ちょっと目を離した隙に多数発行しているじゃないですか……。
読まなければいけない本が増えました。読みたいが読まねばになる。本読みとしての業です。
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作家・紅玉いづきはライトノベルでデビューした
- 2017/04/13 (Thu)
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風切り駆け抜け めくるめく
さまよう夜空に当てはなく
心に願うはただひとつ
『いつか』
風切り駆け抜け めくるめく
流れる涙は風に乗り
何を知る。
「夜鷹」(ジン)
「大正箱娘 新人記者と謎解き姫」(紅玉いづき)を読みました。発行されたのは1年前だけど、読んだのはつい先日。全四話からなる連作短編形で、いずれのミステリーテストです。何かに縛られた女性を巡る事件が起こり、記者である紺が調査することで物語は進んでいきます。
「大正箱娘 新人記者と謎解き姫」(紅玉いづき)
あらすじ:新米新聞記者・英田紺は、ある事件に出くわし、悩んでいるところ、上司の紹介で、神楽坂にある箱屋敷と呼ばれる館を訪ねた。そこで箱娘・回向院うららと出会う。箱娘は、どんな箱を開けることができ、また閉じることも……。秘密や想いの詰まった箱と、女の自由を巡る物語。
紅玉いづきという作家
こっそりと好きだった作家さん。「ミミズクと夜の王」にて、第13回電撃小説大賞・大賞を受賞し、作家デビュー。電撃小説大賞っていうのは、ライトノベルを対象とした公募の新人賞です。ライトノベルというは、究極は作品の質ではなくレーベルによる分け方だと思いますが、無理に定義するなら、アニメと文学の間にある、中高生をメインターゲットとした小説の一ジャンルでしょうか。
当時の印象として、さいきん猛威を奮っている「異世界転生・ハーレムもの」の隆盛の直前であり、そんな量産型ファンタジーの気配がしつつある中で、「ミミズクと夜の王」みたいな作品が大賞を受賞したのは衝撃的でした。
「ミミズクと夜の王」は、童話のような語り口の、世界観の作り込まれたファンタジーです。こんなのライトノベルのメインターゲットである中高生に理解できるんだろうか? 作り込まれた世界観に気づかないで、童話の子どもっぽい物語って切り捨てられてしまうんじゃないだろうか。勝手ながらそんな心配をしていました。
「ミミズクと夜の王」は十分に優れた作品だったのですが、なんとなく本好きとしての嗅覚が「この作者の傑作はこれじゃないぞ」と感じるところがあり、その後、作品を追っていて、2010年「ガーデン・ロスト」が刊行されます。一読して、すぐに頭から読み直したのを覚えています。私はこの作品に出会うために紅玉いづきさんを追っていたんだと思いました。
そこで満足してしまったのか、その後、刊行をまめにチェックしなくなったのですが、書店で見かけるたびに購入し、やっぱり、好みの作品を書くなぁと満足していました。
メテオ・スカーレット(紅玉いづき個人サイト)
実際の読書しての感想は次回に引き継ぎます。
慣れないことがうまくいっているかは判断できない
- 2017/04/08 (Sat)
- アイデア・ぼやき |
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劇団に顔を出しました。ひさしぶり過ぎて、うまく状況が把握できていないのですが、今度、上演を予定しているそうです。
新人公演で、ごく小さなもの。といっても告知してるみたいですし、お客様を迎えて、貴重な時間を頂戴する以上、中途半端なものはできません。っていうかしちゃダメです。
だけど現実はなかなか甘くなくて、なかなかひどい出来。反省したのは、演出はそこそこに慣れてるやつだから安心していたのですが、どう演出をつけてもうまく演じられない役者に困りきっていたそうです。なるほど、役者がみな新人だったのが間違いだったみたいです。一人でもうまいやつ紛れてたら、真似とか、うまくなるきっかけがあったんでしょうけど。演出を受け方さえ知らない役者ばかりでは、そうとう演出が頑張らないとうまくいかないのか。
仕方ない、ひさしぶりに一肌脱ぐか! 余計な口出しをして役者どもを混乱のどん底に落とし込んでやる!
と、気合を入れてみたのですが、役者が集まらないことにはまともに稽古できない、、、新人で、慣れてないくせに、参加率も低いとか、、、いくらかアドバイスはしたのですが、踏み込んだことはできませんでした。わりと時間を無駄にしてしまったような気がして、肩を落として、おうちに帰りました。
おうちに着くと、すでに彼方が帰っていました。
「遅かったね」
「たまにはね」
向かい合って夕食を食べて、それから脚本をとりかかることにしました。近くに上演を控えている劇団とはまったく別のところで、私は朗読劇を予定していました。
7割方書き上げていたので、頭から読み返して、そのいきおいのまま書く。書く、書く、書く。なんとか書ききりました。深く息を吐いて、白湯を飲みながら、改稿を考えました。
最後まで書きはしたものの、まだ上演に値する内容にはなっていなません。物語が始まるまでに時間がかかりすぎているし、説明が多すぎるんだろうな、まずは前半を削ぎ落していかないといけない。後半は、どうだろう? 悪くはないと思う、だけど唐突かもしれない。普通の演劇、ストレートプレイだったら、ほとんどしゃべらず、深刻な顔でじっとしていれば、何か思い詰めているのは伝わるし、多少情緒不安定でも成立する。しかし、朗読劇では。朗読劇の台本を書くのははじめてで、勝手がわからないところが多いです。でも、だからこそこんな方法はどうかなと新鮮な気持ちで考えられるので面白い。
すこしやり方を考えていると、なるほど、朗読劇なのだから、台詞を削って、ト書きにしてみるのもありかもしれない、と思いました。下策でなければいいけど。
具体的ではありませんが、方向性は見えたところで、彼方が「いつまで起きてるの?」と聞いてきました。この気持ちのまま改稿したい気もするけど、いちど寝かせることも必要かもしれない。
錠剤を一粒飲んで、しばらくしてからさらに2種類の錠剤を飲みました。おやすみ。
新人公演で、ごく小さなもの。といっても告知してるみたいですし、お客様を迎えて、貴重な時間を頂戴する以上、中途半端なものはできません。っていうかしちゃダメです。
だけど現実はなかなか甘くなくて、なかなかひどい出来。反省したのは、演出はそこそこに慣れてるやつだから安心していたのですが、どう演出をつけてもうまく演じられない役者に困りきっていたそうです。なるほど、役者がみな新人だったのが間違いだったみたいです。一人でもうまいやつ紛れてたら、真似とか、うまくなるきっかけがあったんでしょうけど。演出を受け方さえ知らない役者ばかりでは、そうとう演出が頑張らないとうまくいかないのか。
仕方ない、ひさしぶりに一肌脱ぐか! 余計な口出しをして役者どもを混乱のどん底に落とし込んでやる!
と、気合を入れてみたのですが、役者が集まらないことにはまともに稽古できない、、、新人で、慣れてないくせに、参加率も低いとか、、、いくらかアドバイスはしたのですが、踏み込んだことはできませんでした。わりと時間を無駄にしてしまったような気がして、肩を落として、おうちに帰りました。
おうちに着くと、すでに彼方が帰っていました。
「遅かったね」
「たまにはね」
向かい合って夕食を食べて、それから脚本をとりかかることにしました。近くに上演を控えている劇団とはまったく別のところで、私は朗読劇を予定していました。
7割方書き上げていたので、頭から読み返して、そのいきおいのまま書く。書く、書く、書く。なんとか書ききりました。深く息を吐いて、白湯を飲みながら、改稿を考えました。
最後まで書きはしたものの、まだ上演に値する内容にはなっていなません。物語が始まるまでに時間がかかりすぎているし、説明が多すぎるんだろうな、まずは前半を削ぎ落していかないといけない。後半は、どうだろう? 悪くはないと思う、だけど唐突かもしれない。普通の演劇、ストレートプレイだったら、ほとんどしゃべらず、深刻な顔でじっとしていれば、何か思い詰めているのは伝わるし、多少情緒不安定でも成立する。しかし、朗読劇では。朗読劇の台本を書くのははじめてで、勝手がわからないところが多いです。でも、だからこそこんな方法はどうかなと新鮮な気持ちで考えられるので面白い。
すこしやり方を考えていると、なるほど、朗読劇なのだから、台詞を削って、ト書きにしてみるのもありかもしれない、と思いました。下策でなければいいけど。
具体的ではありませんが、方向性は見えたところで、彼方が「いつまで起きてるの?」と聞いてきました。この気持ちのまま改稿したい気もするけど、いちど寝かせることも必要かもしれない。
錠剤を一粒飲んで、しばらくしてからさらに2種類の錠剤を飲みました。おやすみ。
今年も『周南「絆」映画祭』が開催されるヨ-地域から全国に発信できる映画祭
- 2017/04/07 (Fri)
- 周南・下松 |
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周南「絆」映画祭をご存知でしょうか? 地方のちいさな映画祭ですが、知る人ぞ知る映画祭です。
第4回のときに行われた脚本賞「松田優作賞」で、足立紳の「百円の恋」が最優秀賞を受賞しました。その後、「百円の恋」は安藤サクラ主演で映画化され、日本アカデミー大賞で最優秀女優賞、最優秀脚本賞などなど受賞しました。地方の映画祭をきっかけに生まれた映画が、全国的にも有名な、テレビ中継されるような映画賞に入賞するなど、快挙以外のなにものでもありません。
そんなちいさいけれど、熱気あふれる『周南「絆」映画祭』が、今年は5月20日(土)、21日(日)に開催されます。
今年の目玉は、なんといっての「この世界の片隅に」の上映でしょうか。
アニメーション映画で、のん(本名:能年玲奈)さんということでも話題になりましたが、配給が大手でなかったこともあり、封切りは全国60館程度。もちろん山口県内での上映はありませんでした。
その後、第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワンなど、数々の賞を受賞し、いま全国でぞくぞくと上映されてはじめている話題作です。
ちなみに、今回の『周南「絆」映画祭』、県東部では初の上映になるのではないでしょうか?
上映だけはなくて、舞台挨拶もあります。監督の片渕須直さんが来場される予定です。
その他の上映作品としては、山口県初のドキュメンタリーで、第90回キネマ旬報文化映画ベスト・テン1位にもなった「ふたりの桃源郷」、1953年に公開された小津安二郎作品「東京物語」、地元の地域おこしグループが自主製作した映画「高瀬茶に恋した男…。」など。
話題作から、古典的名作、ベリーローカル作品まで一挙に上映してしまう、いってみればカオスなところがこの映画祭の魅力の一つだと思います。
あとね、会場の雰囲気がいいんです! シネマ・ヌーヴェルとテアトル徳山Ⅰが会場となるんですが、どちらも古き良き映画館のたたずまいをしています。大手シネコンでは味わえない映画体験ができます。
詳細、最新情報は公式FBからご確認ください。
チラシのダウンロードはシネマ・ヌーヴェル公式HPでもできます。
第4回のときに行われた脚本賞「松田優作賞」で、足立紳の「百円の恋」が最優秀賞を受賞しました。その後、「百円の恋」は安藤サクラ主演で映画化され、日本アカデミー大賞で最優秀女優賞、最優秀脚本賞などなど受賞しました。地方の映画祭をきっかけに生まれた映画が、全国的にも有名な、テレビ中継されるような映画賞に入賞するなど、快挙以外のなにものでもありません。
そんなちいさいけれど、熱気あふれる『周南「絆」映画祭』が、今年は5月20日(土)、21日(日)に開催されます。
今年の目玉は、なんといっての「この世界の片隅に」の上映でしょうか。
アニメーション映画で、のん(本名:能年玲奈)さんということでも話題になりましたが、配給が大手でなかったこともあり、封切りは全国60館程度。もちろん山口県内での上映はありませんでした。
その後、第40回日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞、第90回キネマ旬報ベスト・テン日本映画ベストワンなど、数々の賞を受賞し、いま全国でぞくぞくと上映されてはじめている話題作です。
ちなみに、今回の『周南「絆」映画祭』、県東部では初の上映になるのではないでしょうか?
上映だけはなくて、舞台挨拶もあります。監督の片渕須直さんが来場される予定です。
その他の上映作品としては、山口県初のドキュメンタリーで、第90回キネマ旬報文化映画ベスト・テン1位にもなった「ふたりの桃源郷」、1953年に公開された小津安二郎作品「東京物語」、地元の地域おこしグループが自主製作した映画「高瀬茶に恋した男…。」など。
話題作から、古典的名作、ベリーローカル作品まで一挙に上映してしまう、いってみればカオスなところがこの映画祭の魅力の一つだと思います。
あとね、会場の雰囲気がいいんです! シネマ・ヌーヴェルとテアトル徳山Ⅰが会場となるんですが、どちらも古き良き映画館のたたずまいをしています。大手シネコンでは味わえない映画体験ができます。
○第8回周南「絆」映画祭
日にち :2017年5月20日(土)、21日(日)
会 場 :シネマ・ヌーヴェル、テアトル徳山Ⅰ(山口県周南市銀座2-18 2F)
チケット:前売り券 1dayチケット1,500円、2日間共通フリーパス2,500円
当日券 一作品のみだと1,000円~。
詳細、最新情報は公式FBからご確認ください。
チラシのダウンロードはシネマ・ヌーヴェル公式HPでもできます。
そして2次元は3次元になる<漫画「3月のライオン」と映画「3月のライオン」比べ、映画にすることについて考え、ぼやく>
- 2017/04/05 (Wed)
- 映画・演劇 |
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「みんなオレのせいかよ!? じゃどーすりゃ良かったんだよっっ。ふざけんなよ。弱いのが悪いんじゃんか。弱いから負けんだよっ!」「こっちは全部賭けてんだよ」「弱いヤツには用はねーんだよっ!」(漫画「3月のライオン」2巻)はい、というわけで、映画「3月のライオン」(前編)を鑑賞してきました。
映画「3月のライオン」公式サイト
あらすじ:17歳の桐山零は、プロの将棋の棋士。家族と離れ、東京都内の下町、六月町でひとりで暮らしている。棋士として研鑽を重ねながら、深い孤独を抱えていた。あることをきっかけに橋向いの三月町に住む川本家の3姉妹、あかり・ひなた・モモと出会う……。
地元のシネコン。公開初週でしたが、平日のモーニングだったので、空いていました。
思えば、大好きな漫画の実写を見るのは、はじめてかもしれません。漫画「3月のライオン」をきっかけに、将棋をはじめましたというくらいには影響を受けている作品です。だから、これから綴るのは、公正な評価ではなくて、原作ファンがどう見たのかという感想として捉えてくれると助かります。
ネタバレなしで書くつもりですが、おんなじように原作ファンで、見ようか見まいか悩んでいる方の判断材料、心構えとして参考になるかもしれません。
キャスティングや監督に違和感、あくまでも原作ファンとして
まず、確か、昨年末のこと、映画館でチラシを手に取って、キャスティングに唸りました。幾人かは、なるほど、と感心しましたが、また幾人かは、違う、だろ、と。具体的には、香子(有村架純)、後藤(伊藤英明)、幸田父(豊川悦司)。香子さんはもっとするどくて、清純さのかけらもなくて、脆くないといけない。後藤はもっと重みがあって、夜の街みたいな魅力がほしい。伊藤英明さん、嫌いじゃないけど、すこし太陽のにおいがする。幸田父は、存在が違う。トヨエツだと存在感がありすぎて、悪目立ちするんじゃないだろうか。もっとほがらかな、ぼんやりとした人でいい。
だいたい監督が大友啓司というのもどうなんだ? 嫌いではない。「ハゲタカ」には衝撃を受けたし、「龍馬伝」や「るろうに剣心」も悪くなかったです。だけど、相性が悪くないだろうか。
漫画「3月のライオン」は、さまざまな人々の苦しみを柔らかなタッチで描いていて、絶妙なバランスで、心をざわりと撫でられることも多いけど、重くのしかかってくることはなくて、染み込んでくるような物語です。
大友監督は、映像の汚しというか、重みが巧みな監督さんだと思っています。「るろうに剣心」なんかが顕著だと思うんだけど、漫画の世界に現実感を吹き込むことは超一流だと思いますが、そのタッチで「3月のライオン」を描けば、重くて、苦しいだけの物語になるんじゃないだろうか。原作はモノローグも多いので、そこの処理だけでなかなか難しそうだし、絶妙に心に染んでくる感じは、再現できないんじゃないだろうか。
ただの原作ファンの戯言なんだけど、イメージを崩されるくらいなら見に行かなくてもいいかなとさえ思いました。
それでも見に行ったのは、あかりさん(倉科カナ)が気になったからです。川本家の人々は、特に漫画チックに描かれていて、あれを生身の人間が演じるのは難しいんじゃないだろうかと思いました。だけど、倉科カナさんなら、あかりさん、いける。他の人は考えられないなってくらいに思ったので、それを確かめるためにも劇場で鑑賞しようと決めました。
原作のある物語を映像化するうえで避けられないこと-取捨選択と再構成
映画「3月のライオン」(前編)は、原作漫画でいうところの1~5巻までの内容、つい先月までNHKで放映していたアニメとほぼ合致するところを扱っていました。アニメが22話×30分で11時間です。映画はご存知の通り、だいたい2時間くらいのもの。11時間を2時間にまとめるのは、至難の業です。
以前、プロの方から教わったのですが、脚本を短くしたいとき、手っ取り早くて、確実なのは、人物を減らすことだそうです。減らして、その人物が中心になるエピソードをばっさりなくしてしまうそうです。ひとつひとつのエピソードを短く圧縮して、ダイジェストみたいになるよりはずっと面白い作品になると言っていました。
原作ファンとしては残念ですが、映画としてまとめるためには仕方のないことです。まあ、人気のある原作だと、削られた人物のファンが阿鼻叫喚だと思いますが……。
原作のある物語を映画化するには、批判を覚悟して、人物・エピソードの取捨選択をしなくてはいけません。
映画「3月のライオン」(前編)は、原作に比べて、川本家の人々のエピソードが少なくなっています。某ハンバーガーショップでの「ヤバイ。何だコレ。すっごい嬉しい」とかありませんし、というか高橋くん出てきません(後編に期待?)。ニャー将棋も出てこないし、二階堂との対局シーンあったっけ? その分、香子と後藤、幸田父のエピソードの割合が原作より高いように感じました。アレ? この三人にはなにか思い当たることが……。そうです、キャスティングをみて、いまいち違うんじゃないかと思った3人と見事に被っています。
映画「3月のライオン」で選ばれたもの、捨てられたもの
漫画「3月のライオン」を映画用に再構成するにあたって、選ばれたのは香子さんでした。すくなくとも私はそう感じました。映画「3月のライオン」は、零くんの物語であると同時に、香子さんの物語になっています。香子さんの物語がどういった物語なのか、ここでそれを語るのはネタバレになるので避けますが、前述のように川村3姉妹のエピソードがごっそり削られている中で、香子さんのエピソードは原作にないものがありました。原作を補足するものではなくて、香子さんを観客の視点足り得る、観客が共感できる普通の女の子として描くために加筆されているように感じました。
11―2=9時間分もエピソードを削らないといけないなかで、加筆してもらえるなんて、制作者はよほど香子さんの物語を気に入ったんだろうなぁと思います。作家性というか、漫画とは違う、映画「3月のライオン」を目指した結果なのかもしれませんし、商業的に成功しやすいテーマだという打算があったのかもしれませんが。
漫画の香子さんは、妖しい人です。いつも唐突で、何考えてるか分からないところがあって、それが彼女の魅力の一つなんですが、観客の視点足り得るにはちょっとまずい。何考えてるか分からない人には共感できません。だから、エピソードを加えて、自分に×をつけた存在への苦しみが、私たちに共感できるかたちで伝わってきました。
キャスティングをみたとき、イメージと違うなぁと思ったのはとうぜんのことです。だって、漫画とは、担っている役割が違うんだから。原作通りの役割・人物像なら、有村架純さんよりももっと妖しい魅力のある、人間っぽくない方のほうが適任だと思います。でも映画「3月のライオン」の香子さんは有村架純さんのような、どこか普通の女の子っぽさのある方でないといけない。適役だったと思います。
同様に後藤は、漫画では敵役なのですが、インモラルヒーローというか、人間離れしているんですが、伊藤英明さんが演じることで、生身の人間になっていました。原作では世間的な建前に見えたエピソードが、映画では人間的な弱さが露呈しているシーンにみえて、後藤も悩み、苦しんでいるんだと感じることができました。原作通りに演じられる役者さんはいると思いますが、はたして意味はあるでしょうか。絶対的に超人間的な存在が別にいますので、限られた時間のなかで、その人物を際立たせるためにも、現実的な人物として落とし込むためには伊藤さんが演じることが必頭だったと好意的に捉えたいと思います。
そして、幸田父。これは本当に限られた時間で分かりやすく伝えるための工夫というか、妥協のように感じました。原作で描かれている穏やかな人物ではなく、いうなれば星一徹系のステロタイプな父親。穏やかなんだけど、厳しい一面もあって、たった一面なんだけど、それは絶対的な一面であって……と描けば、人物に厚みが生まれますが、その分だけ時間がかかります。よけいな説明を省いて、一目見ただけで理解させるには、ステロタイプで描くことはとても有効だと思います。
キャスティングをみて違和感を覚えたところは、すべて、原作漫画を映画に再構成するにあたって変えてきているところでした。さすが、プロの仕事。原<作ファンとしては納得できないところもありますが、物語をまとめるには仕方のないところだと思います。
それでも気になる原作との違い
原作ファンとして、許せないというか、どうなんだろうと感じるところはたくさんあって、エピソードの順番がけっこう変わっています。原作で印象的なシーンは、台詞はほとんどそのまま再現されているのに、そこに至るまでの流れが違うから、台詞は同じなのに意味が、指している人物や事柄が違ったりして、すごく違和感でした。たとえば零くんが川本家と出会うエピソードのきっかけ、そこまでの流れが異なっていて、ここの改変はわりと本気で許せなかったです。香子が家を出ようとするところも、盛り上がりのところは原作通りなんだけど、きっかけがより直接的な親との言い争いになっていて、ほーん、そうしたんだという程度だけど、違和感。そういえば、原作だと川本3姉妹と出会ってしばらく経ってからの日のことなのに、映画だと初めて出会ったその日のことになってて、ちょっと、ひなちゃんの行動がアホの子にしか見えなくて、さすがに可哀そうだと思いました。あと山崎さんが、ピッコロ大魔王みたいで悪役感が半端なく、過剰に装飾されたセットも含めて、盛り上がりとしては必要なのは分かるけど、映像的なカタルシスだなぁとちょっと呆 れた。ちなみに監督が大友啓司さんなのは適任だろうかという不安は、わりと的中していて、原作のシリアスな物語と柔らかなタッチの絶妙なバランス、染み込んでくるような良さはありませんでした。やっぱりね、あれはね、漫画独特の語り口だからね。
原作のいかにも漫画チックなところ、実写化は苦労するだろうなというところは、うまく処理されていました。直接描くことを回避していたり、見事、現実感をもって描かれていたり。下町の古家の川本家の再現度は高く、原作ファンとしては嬉しかったな。
けっきょくのところ、映画としては、たぶん、質は悪くないんだと思います。けちつけてるところも、どれも原作を何度も読み返しているからこその違和感で、原作に思い入れのない人にとっては気にならない箇所だと思います。
安井さんと対局後の零くんの心中吐露には「ああ、そうか、彼も、世界に×をつけないために自分に×をつけていたのか」と胸を打つものがありました。あのシーンだけでも、映画「3月のライオン」を見る価値は十分にあります。
ところで予告を見る限り、後編では「詐欺師と自覚していない詐欺師」と「ひなちゃんの学校生活」あたりがメインになるようだ。でもどちらも川本3姉妹を中心としたものだから、前編でカットしたエピソードがないと、積み重ねが足りなくて、物語に引き込むことができないんじゃないだろうか? 前編では描かないことで、監督と川本3姉妹の相性の悪さを克服したけど、次はそうはいきそうにない。そのあたりどうやるんだろう? きっと、後編も見に 行くと思います。
本当はもっと物語そのものについて綴りたかったのですが、思いのほか、漫画を原作に実写映画を撮ることに話題が終始してしまいました。
映画も後編を残していますし、原作漫画もまだ完結していませんし、「3月のライオン」という物語そのものについて綴るのは、またの機会にしたいと思います。
山口県周南市や下松市の文系ねっとわーくを構築すべき活動中! ここでは演劇や映画、小説の感想、近隣の文系イベント情報を紹介します。
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